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基本的に僕が日々感じたことを書きます。あとは野球についても少々

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マス・メディア 05/17

知ってる人も多いことかと思うが、僕はマスコミ就職を目標としている。


そのために、大学でマスメディアについての知識を勉強したり、実践的な活動をさせてもらっている。






そんな僕が、ある日とても心にずっしりと響く記事を目にした。



それが、これ




これは、押尾学オフィシャルブログの5/9の記事


ちなみに、この新聞記事は僕も読んでいた。



押尾学は僕が個人的にファンというか好きなので、よくカラオケなんかでも歌う。
それに、結構頻繁に記事を更新してるし、芸能人の公式ブログとしては珍しくコメント欄まである。




普段はホントに彼の日常なんかを綴っているが、時々シリアスというか、そういう記事を書く。

今回のも、そう。




実際の文を引用すると、



>まあなんかこれといったネタが無い時には大手事務所のバックアップもなく叩きやすいから書く。という気持ちは分からなくもないけど、書かれる側からしてみるともの凄く迷惑な話で。


実際、今はインディーズとして活動しているので、権力としてはそこまで強いとは言えないかもしれない。
だから、反論されても勝てるとでも思ったんだろう。





>マスメディアという大きな大きな権力の前では僕は全く無力である。
マスメディアを通じて情報が伝えられる以上、そこから発せられる情報
いかなる内容であれ、受け手側にとってはひとつの事実となる。
あるある捏造とか。


確かにその通りだ。
僕ら一般人が芸能人の私生活や言動なんかを知るのは、自分で家に張り付くとか追跡するとかしない限り、マスメディアによってでしかできない。
マスメディアから発せられる情報が嘘なのか真実なのか、それを判断するのは至難の技だ。
しかし、「~という情報をマスメディアが発した」という事実だけは確かなものであり、疑う余地もない。





>書き方次第で、いくらでも良くも書けるし、悪くも書ける。
そして受け手側の持つイメージはその内容にとても左右されやすい。


これは同感である。
文を書くときに、例えば語尾を「です・ます」調から「ある・である」
調に変えただけでも、かなり話し手や書き手の性格を想像する際に違いが出てくる。

「です・ます」だったら『物腰の柔らかそうな人なのかな~?』で、「ある・である」だったら『なんか偉そうに話す奴だな』って感じるでしょ?





>というわけでマスメディアとは権力である。
権力である以上、公正でなければならない。そして民主的であるべきだ。


マスメディアとは権力である。
これは初めて聞く表現だ。

でも言われてみればそうかもしれない。
限られた人間しかマスメディアとして情報発信することはできないし、発信者のさじ加減によって対象のイメージ及び人格までも容易に決定づけることができる。




僕は、昨年の大学の授業で「ジャーナリストはロボットでなければならない」という事を教えられた。


この場合のジャーナリストってのは報道ジャーナリストとかの事だったんだけど、要は取材の際に自分の感情に左右されてはいけないということ。

ロボットには感情なんてないでしょ?

冷たいかもしれないが、決して被害者やその周りの人達に肩入れしてはならない。



記者だって人間だ。もし肩入れしていると、無意識の内に被害者側の肩を持つような記事になってしまう。



情報を仕入れるのがマスメディアでしか出来ない以上、に押尾さんが言うように、変に感情を入れず公平且つ民主的な報道をマスメディアはしなければならないのである。





マスメディアに関しては散々勉強してきたはずだったが、この記事を読んで『あぁ、なるほど』と思う事がたくさんあった。




それもそのはずだ。


実際に迷惑を被ってる人側の意見なんて聞いたことなかったから。


教えてくれる教授達は知識があっても、実際に被害を受けた人は少ない。
だから、なんとなく上っ面な一般論にしか聞こえなかった。





そういう訳で、今回のように被害者側からの意見というものはすごく貴重。



あの様な記事を書くとまた叩かれることは恐らく分かっていながらも、こうして発表してくれた押尾さんにはすごく感謝しています。


同時に、ブログという媒体の凄さも知った。

こうして公の場で素直な気持ちを発表してもらい、見ることが出来たのも、ブログという存在があったからだろう。
とてもじゃないけど、公式HPなんかであのような事は書けないと思う。



不特定多数の人に見られている、そう考えるとブログもある種マスメディアと呼べるのではなかろうか?




誰でも使えて最も身近で手軽なマスメディア、それがブログという存在なんだろうね。






最後に、今回の事を踏まえての一言。










オレは、真実を公平にありのままに報道できるような書き手になってやる。絶対に!


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私も大学で同じようなことを授業で言われたよ。
やっぱり真実を読み手にありのまま伝えてこそ記者・ジャーナリストだよね!!嘘っぱちの報道なんてとんでもないよね。
私も頑張るv-91

>とくみー
うんうん。
お互い頑張ろうーね!

完全に客観的な立場での報道というのはジャーナリズムの基礎だけどそれは理想論だよ。
そのような報道でいいというのであれば新聞なり雑誌なりの媒体は一つでいいわけ。
では何故、媒体が一つではないか。
媒体が一つである場合、受け手の人々は情報を一方的に授与されるため、つまり比較されるものが無いためにそれこそその情報への公平さや真偽性というものが存在しなくなる。
情報が一つだと確かめようが無いからね。
しかし各誌、各紙が存在することによってある事象への様々な解釈が生まれ、人々の報道への真偽性や関心が生まれるわけ。

この時点で先に書いた完全に客観的な立場での報道が存在しなくなる。

確かにある事象に対して感情や自己の思考を一切介入しないことが理想なんだけどさ、現実問題そういうことは無理な話なんだよ。
自分も報道写真部として色々やってきたけどさ、とある写真があるとして、その写真を説明するためのキャプション入れるよね。
厳密な意味ではキャプションを入れる時点で完全な客観性なんて無くなるんだよ。
そこにはどれだけ客観的な文章を入れたとしてもどうしても発信者の意思が介入する。

むしろ意思を入れて初めて成り立つようなものが近代の記事では圧倒的に多い。

真実を客観的に伝えることは人が心を持つ以上無理だけど極力客観的な立場から事象に関する記事を書き、そこから先は新聞社の方針や書き手の考えを述べることが主流。

報道とは何ぞや?って凄く難しいテーマで未だにわからなくて色々考えているけど、記者も人間であって報道とは客観性よりもまず、”事象が起こった現場にいない人々に如何に現場の雰囲気や状況を伝えるか”というのが最も大事なことなんだと思う。
客観性というのはフィルターをかけないで伝えるってことだけど、嘘でないのなら記者がその場の臨場感を出すために表現を持ち出すことも必要だと思うんだよね。

例を挙げるときりが無いけどさ…

話は変わるけどチョロチョロ就活も始まりそうな雰囲気。
無事就職できてお互い現場で会えるといいね。

俺も今セメの授業で同じこと考えてるよ。
この日記は立派なマスメディアだと思います☆

>白い翼
確かにその通りなんだよね。
だいたい、どこかの組織に所属している以上、そこの方針に従って書かなければならない。
じゃあ、フリーでやれば?って話だけど、初っ端からフリーでやったとしても、そんな奴どこも相手してくれないしね。

鋳造とか嘘を書くのは最低だと思うけど、記事を書く際に多少は脚色するのもしょうがないだろうね。
何の面白味もないような記事だと、見向きもしてくれないから。

その辺のバランスが難しいとこなんだよな。


お互い、理想通りに行けば違うフィールドで活躍することになると思うけど、ガンバロウゼ!!

>げん
もしかして、報道基礎演習かい?
オレはそれで習ったんだよね。

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